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丸山久美子
丸山久美子フクロウ相談
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丸山久美子 Kumiko Maruyama Column
 
 
 
 
 

『捏造の科学者-STAP細胞事件-』を読んで
2015.01.15

 

  STAP細胞事件に関心があったので、それとなく資料を探していたところ、先日、須田桃子氏(毎日新聞科学環境部ジャーナリスト)の書いた『捏造の科学者-STAP細胞事件-』文芸春秋社(2015年1月10日発売)を見つけて読んだ。新たな情報を得たので、かねてからの感慨に重ねて少しマイニングしてみよう。

  この問題が発生して以来多くの人々はiPS細胞よりも手軽に手に入る再生細胞が存在するという現実に驚異を覚えた。しかもその細胞を実証したのが30歳そこそこの若い女性研究者であったということもこれまであまりその種の科学的研究に興味のない有象無象の耳目を傾注させるには十分であった。
  理化学研究所多細胞システム形成研究センター(CDB) の研究室で割烹着を着用し、真剣な目で試験管にピペットで液体を注入している写真が大々的に取り上げられ、ジャーナリズムは挙ってその写真を多くの人達の目に触れる様に宣伝した。これまで科学界では割烹着で実験するなどの事例がない。だが、この写真は科学的常識では奇異な感じを持たせたとはいえ、その様子はごく一般的な人たちには「可愛い」リケジョの誕生と写り、それを歓迎する風潮が次第にたかまっていった。しかも、実験室と細胞培養室などには黄色やピンクの壁紙で装飾され、「ムーミン」のキャラクターのステッカーが貼られている。当初は、「理研もなかなかやるねエ」と感心し、それが理研の宣伝効果を狙ったものだと何とも思わずテレビを見ていた。
  理研に対する一般的な期待はこれからの再生医学の発展は多くの病人を救うことになるというものである。だが、ノーベル賞を授与された京都大学の山中教授のiPS細胞を上回り、手軽に作成できる細胞再生技術に意欲的に取り組んでいた理研の研究者達はSTAP 細胞の存在に多くの期待を寄せ、彼らの士気を高揚させるには十分であったに違いない。
今となっては、何故にかくも簡単にSTAP細胞と呼ばれる再生細胞の存在を信じてしまったのか、しかもこの実験に成功しているのはたった一人の基礎的経験の少ない未熟な研究者である。実験を依頼された山梨大学の老練な教授が如何にしてもSTAP 細胞を再生できなかったことも不可解であり、科学的実験に最も要求される普遍性(誰でもが同じ実験で同じ答えを出せる)が欠如していることに気付かなかったのはなぜか。それほど、この事件の渦中にある小保方晴子氏を信頼して彼女を徹底的に擁護した世界的に有名な再生医療科学者である笹井芳樹氏の説得力が強かったのか。彼は小保方氏を政治家や官僚に会わせるなど、その行動から男女の不適切な関係を疑われ週刊誌の餌食になり、多くのパパラッチに追い回されるためにガードを固くしなければならない羽目に陥ったことはこの研究のある種の危うさが始めの時点から発生していたと推定される。小保方氏が一般のリケジョには珍しいおしゃれな派手好みの女性であったことも人目を惹き、ある種の科学者に「この人は何でもやってしまう」という印象を植え付けた。たとえ、まやかしの研究でも平然と行い、それを真なるものと何の衒いもなく言える性格の女性であるということである。推理小説に登場する悪女の類である。悪女なら徹底的に悪女らしく振舞えばよいのに、小保方氏にはその筋が見えない。笹井氏も彼女を少しおしゃれなだけで(いわゆる現代的な普通のお嬢さん)、実験に熱心なハードワーカーであると評価している。

  論文の不正が発覚して後、「研究不正再発防止のための改革委員会」が結成された。改革委員会が出した結論は、この研究不正行為の発生は、一人の人間の偶然から起こった不幸な出来事なのか、それともそれを強要した組織(CDB)の構造的欠陥が引き起こしたものか、つまり、個人か組織の欠陥かの二者択一を提示し、結局は後者の責任が重いとする判断に落ち着いた。小保方式データ管理の杜撰さを許容したCDB を解体するという結論を提示したのである。
  検証実験参加を許された小保方氏は、傍目にはもはや無駄と思える実験を誠心誠意、魂の及ぶ限り力を尽くして再実験を行ったが、結局STAP 細胞は検出されなかった。そこに新たな疑惑が起こった。小保方氏の実験室でES 細胞が検出されたのである。誰かがES 細胞を投入したのではないかという疑問が生じた。

  無邪気にSTAP細胞の存在をなおも主張し続ける小保方氏を励ますような遺書を残して、笹井氏は自殺した。急性増悪の持病を持っていた笹井芳樹氏はこの状態に耐えられなかったのだろうか。世界はこの事実に瞠目した。重要な研究者を喪ったことに衝撃を受けたのである。それほど、笹井氏は世界的な評価を受けていた優秀な科学者だった。
小保方氏を前面に据えてiPS細胞よりももっと効果的なSTAP 細胞を見つけ出し、理研の目玉商品にしようとしたのではないかという推論さえある。理研の組織にがっちりと縛られていた笹井氏が身動きできないほど、この問題は深刻な影を残した。この間の事情を小保方氏が率直に語る時が来るだろうか。すべての真相は闇の中に葬り去られるのか。

  彼女の特殊な目がSTAP 細胞をとらえていたのなら、あるいはいつかそれが彼女自身の目ではなく、他の科学者の目にも見えるようになるに違いない。
「それでも地球は回る」と牢獄の中で叫んだ中世の天体学者ガリレオ・ガリレイのように「それでもSTAP 細胞は存在する」と言い続ける度量が小保方氏にあるかどうかは不明である。科学者として小保方氏はその使命を果たすために真相を明確にするべきである。
心理学者を母に持つ小保方氏はその助言を多く受けていただろう。それとも、やはり母は重篤な病に罹患しているのだろうか。彼女は誰からもアドバイスを受ける立場になかったのだろうか。笹井氏やハーヴァード大学のバカンティ教授、山梨大学の横山照彦教授は、ただ彼女の実験に対する真摯な姿勢を称賛するばかりで、どんなアドバイスもしなかったのだろうか。

  STAP 細胞は「ある種の悪意のもとでのデータの改竄や捏造」であったのか、それとも「小保方氏独自の超能力的才能が生み出した幻想」だったのかそれを解き明かすには改革委員会の二者択一的問題解決方法では到底すまされないはずである。冷静な精神状態を取り戻した時、彼女は自分自身の性格や生い立ちも含めてSTAP 細胞事件の真相を解き明かしてくれることを期待する。
この問題が時間とともに忘れ去られてゆくことに危惧を覚え、科学者のデータ改竄問題が今後ますます商業ベースに巻き込まれて真相を遮蔽する事態が起こり科学界を汚染することがないように願うものである。

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  (2015年01月15日) 丸山久美子
   
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